スピリチュアルとか催眠療法のことなどを書くヒーラー整体師のブログ
太陽の光

【スピリチュアルを頭で捉えない1】「~ねばならない」はダメなのか?
【スピリチュアルを頭で捉えない2】すべての人に当てはまる言葉なんて無いです
【スピリチュアルを頭で捉えない3】謙虚が過ぎても自信のなさにはなりません←今ここです


=====2013年6月12日に推敲しました========

太陽の光

『【スピリチュアルを頭で捉えない2】中庸そして言葉の安易さ』の中で
中庸という言葉を出しましたが、
中庸だけなら説明としてイマイチ足りない点があります。

誤解されそうな点もあるので、書き足します。
「中庸」の他に、もうひとつ大事なことがあります。

言葉の意味の解釈の仕方。

例えば、よく言われる「自分に自信を持つ」

これが過ぎたら→傲慢になる
「謙虚でいる」とか「反省する」これが過ぎたら→自信不足

だから、中庸が良い?
(自信持ちすぎても謙虚過ぎてもアカンのでは?)

これは違います。

本当の自信=謙虚(反省できる人)・・・同じ意味です。
自分に自信が無い(劣等感)=傲慢・・・・同じ意味です。

自分を下に見る=自分を上に見る
=他人を下に見る=他人を上に見る
これは全部同じ意味です。

つまり○○ができるから自信があるとかではなくて
良い点も悪い点も、得意な所も苦手な所もありのままの自分を認識し、
それで良いのだと思う事、
他人と比べて上げたり下げたりしない、
自分は自分、他人は他人と思って比較しない、
人と人との本来の価値は対等であると思っている事が
謙虚なのであって、

誰かと比べて自分は下だと思うということは
つまり違う誰かと比べて上だと思ってしまう、
つまり比較の中で生きていることが
傲慢であり劣等感なのだと思います。

もちろん、私が比較しないって事を出来ていると言っているのではありません。
人間ですから、カンペキな人はいないです。
あ~また比較しているな~と認識しつつ
努力をして行きたいなと思います(汗)

言葉の意味合いの話でした。 

 【スピリチュアルを頭で捉えない1】「~ねばならない」はダメなのか?
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【スピリチュアルを頭で捉えない3】謙虚が過ぎても自信のなさにはなりません←今ここです

 

清風ヒーリング整体院 吉田淳香 
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