スピリチュアルを頭で捉えない【1】すべての人に当てはまる言葉なんて無い

「~ねばならない」を捨てましょう、というけれど

スピリチュアルや心理セラピーなどを勉強した人と話をしていると、たまに言葉狩りみたいなことになってる状況を見かける時がありまして。

「~ねばならない、を捨てましょう」

なんて、その界隈では、よく耳にするのですが、当てはまる時もあるし、当てはまらない時もあるのじゃないかな、というお話。

先日、演歌歌手の友人Mさん(女性)から電話があって、うちのすぐ前のカラオケボックスに大勢で居るから来いとのこと。

一応、息子も誘ってみましたが、初めは行かないと言いました。

知らない大人の中で(しかも演歌メンバー)楽しめないと思ったのでしょう。

息子氏
息子氏

あ、でも待って!チホちゃん来てる?来てるんやったら、僕、行かなあかん。

チホちゃんは、Mの娘で小学生。息子とは、チホちゃんが幼稚園児の時に何度か会っています。

息子氏
息子氏

大人の中に子供一人でおるんは、つらいねん。だから、面倒見に行くわ。だって僕、昔、つらかったもん

苦労や寂しさを経験したから、そういう思いやりが育ったんだと思います。

息子は「面倒を見に行かなあかん。」という表現をしました。

小学生の面倒を見るのは、演歌世代の大人の中に、ひとり中学生がまじるよりマシとはいえ、わざわざやりたい楽しい仕事ではありません。

実際、息子は見たいテレビがありました。

ほっとけないという、義務感、半分。

後半分は、同じようなつらい思いをする子の気持ちがわかるから、僕が役に立てたら嬉しい、という気持ち。

人の役に立つことによる、自分の存在価値の確認。

どっちもある意味、エゴかもしれません。

でも私は素敵と思いました(親ばかですが)わざわざやりたい楽しい仕事ではないが、そうしたいと思ったのは確かです。

だから、大いに評価したいと思ったのです。

「~ねばならない」という言葉も。

~ねばならないを手放そう、と言うのがいい時

とはいえ。

「~ねばならない」に縛られすぎて、 ガチガチになってる人に対しては

「ねばならないを捨てたら楽になるよ」って言った方が良い場合も、もちろんあります。

何が言いたかったかというと・・・・

すべての人に当てはまる言葉なんて無いです

そう。

すべての人に当てはまる言葉なんて無いです、と言いたかったのです。

スピリチュアル系や心理セラピー系の会話の中で、よく出てくる言葉・・・・

  • すべては必然
  • ありのまま
  • 自分に正直に
  • 解放
  • 自分を認めよう
  • 頑張らなくて良い
  • ~するべき・~ねば  は やめよう

などなど、他にもいろいろありますが、意味深い言葉であるゆえに、使うには、使い方があると思います。

Aさんに対するアドバイスとBさんに対するアドバイスで、 全く逆の事を言ったほうが良い場合もあります。

なぜか?

時・場所・位置(立場)・量 が違うからです。

すべての人にすべての場合に当てはまる法則なんてありません。

偏りを修正すると、何かと上手くいくことが多いです。

つまり、偏り方が反対方向ならば、反対のことが当てはまってくる場合があります。

ただし、第三者が見るのと、本人が実際はどうなのか? も違う事が多いし、判断するのは難しいですが。

頑張らなくてよい?それとも頑張れ?

頑張りすぎの人に対して

筆者
筆者

頑張らなくて良い

と言った方が良い場合もあるでしょう。

しかし、あともう一歩の人には

筆者
筆者

頑張れ、逃げるな

と言った方が良い時もあります。

どっちを言った方がよいかは、簡単ではない事も多いです。

いかにも頑張ってないように見えて、 本人にとっては限界以上の場合もあるし、 すごく頑張ってるように見えて、本人の目標達成のために

筆者
筆者

それだったら足りないよ。もうちょい頑張って。

と言う言葉が、生きる場合もあります。

工夫を加えることで、楽に、もっと頑張れる場合もあるかもしれません。

自分のため?それとも人のため?

人の事ばかり考えて、自分をボロボロにしている人には、

筆者
筆者

【自分のため】を考えることが、結果【人のため】になるよ。

というアドバイスが良いかもしれないですが、

自己中心的な考えによって自分の首をしめている人には

筆者
筆者

【人のため】を考えることが、結果【自分のため】になるよ。

と 言った方が良いかもしれないです。

中庸

一つの真理や法則を、 すべてにあてはめて、なんにでもそれを言うのは違うと思います。

ようは、中庸なのではないでしょうか。

  • どっちにどの程度、偏ってるのか?
  • 相手の許容量は?
  • 相手の目的は?
  • 同じ言葉でも、人によって受け止め方の癖が違うけれども、この人に、この言葉は、どう響くのか?
  • 時は?いつ言うのが効果的か?今言って良いのか?
  • 場所は?ここで言って良いのか?どこで言うのが効果的か?
  • 関係性は?上下関係、関係性が薄いか濃いか、相手が心を開いているかどうか等によって、伝え方も変えないと失礼な事になります。
  • 量は?どのくらい言えばいいか?

足りないのも過ぎたのも、効果が薄いです。

もちろん私も失敗する時ありますが。

自分に対しても人に対しても、安易に単純に、型にはまった言葉を使うのはどうかな?って言いたかっただけです。

あまり理屈で考えすぎずに、心と体で感じたら、わかってきやすいかも?しれません。

許しましょうという言葉

ついでにもう一個。

筆者
筆者

許しましょう、そのほうがあなたが楽になりますよ

なんていう言う言葉が効力を発揮して、相手の苦しみを軽減して、楽にする事は確かにありますが

頭では許したい・忘れたいと思っているのに、心がついてこない。どうしてよいかわからない。

そんな人(時)に、許しましょうと言う言葉は、かえって追い詰めることになる場合もあったりします。

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