相手を認めるのと、言いなりになるのは違う
自分と相手の考えが違っている時は、
自分はこう感じる、相手はこう感じる。
違って良い。違いを認める。相手も自分も認める。
例えば、言うな!ではなく、どうぞ好きに言って下さい。
ただ私はその通りにはしません、自分で選択しますという事。
相手も自由。自分も自由。
子の立場で親に対して「うるさく言うな」って思ってそれがストレスになっている場合やもしくは、親の言い分に振り回されているケースなど、よく見受けられますので。
人の役に立ちたいという事について
人の役に立たないといけない、役に立ちたいと思っているのに・・・
私、役に立っていないのかな?皆が私を認めてくれないのは何故?
ついつい悩んでしまう事ですが。
役に立ちたい、認められたい、ありがとうと言われたい思われたいというのは
ある意味、人間の欲望でもあり、自分がそうだという事は…
相手だって、役に立ちたい、認めてほしい、ありがとうと言われたい思われたいという事です。
自分が相手を認めずして、認めてくれないって思っていても…なかなか相手は自分を認めてくれないかもしれません。
自分が役に立とうとする事も大事ですが、
まず、すべての出来事が自分の役に立つ為に存在してくれている、ありがとうと思う事が、相手の菩提心をくすぐり相手の癒しや気づきに繋がり結果的に相手の役に立つ事かもしれません。
相手に言う言わないは関係なく、思いを変える事で不思議といろいろ動くようです。
お客様に伝言させて頂きながら、自分の耳に痛い言葉でした。ありがとうございます。
何かあって人と顔を合わすのが気まずい時は
何かあって、次に顔を合わすのが気まずい、でも顔を合わさなきゃならない時は・・・・
しょっぱなで『ニコッ』と笑うといいそうです。
敵だろうが味方だろうが、これはいろんなシーンで使えます。