生まれつき脚に障害のあるAさんと一緒に登拝できたこと
↑写真は大神神社の中で三輪山登拝までの途中にて撮影。
2019年6月3日、奈良県の三輪山に行きました。長年、たまに施術を受けに来てくださっている細々と長いお付き合いのクライアント様であるAさんと一緒に。
Aさんは生まれつき脚に障害をお持ちの方で。初めて当院に来て下さったのは2010年のこと。「いつか三輪山に一緒に登りたいですね」とお話ししていました。
三輪山は山自体がご神体のお山であり、登山ではなく、あくまでお参り。山中で写真も食事も禁止です。そのずっと手前の鳥居からお山の登り口まで自体がそもそも結構な距離があり、Aさんにとっては、そこまで行くのにせいいっぱいとのことで、登るなんて「夢のまた夢」と言っておられました。
ところが。
かなったのです。
長年かけて以前よりは少しづつ歩けるようになって来ておられていましたが、今回お誘いした時にも「山の登り口のところまでがやっとだと思う」とのことでしたが、私は「それでもかまいませんから。私が途中でヒーリングしながら行けるとこまで行きませんか?」と言って、一緒に出発しまして。
結局、往復2時間くらいのお山の三分の一ぐらいのところまでですが、行けたのです(山に入るのは登山ではなくお参りですから登頂が目的ではありません)
Aさんは「過去の事を思うと奇跡だ」と言っておられました。これまでいろいろ頑張って乗り越えてこられて脚もご自分なりに鍛えて来られた結果です。
でもAさんにとっては、過去よりは脚の状態は良いとはいえ「今回だって奇跡」なのだそうです。
「平地だってきついのに、登り口まで砂利道を歩き、その後、急な傾斜の山道を30分も登って、そしてさらに下るなんて」と。
三輪山の神様が私たちの来訪を喜んでくれて、導いてくれたのだと思いました。
二人して、夢がかなって、嬉しくて嬉しくて、嬉しかった。。。。。。
大神神社の敷地内(登山口に行くまでの途中)には「ササユリ」の見ごろという事で、いい写真が撮れました。私はなぜかいつも、こういうタイミングがいいのです。ありがたいことです。
話が前後しますが、登拝前に、ご祈祷も受けました。ご祈祷を待つ間に、感じたメッセージは
- 音叉と水晶を神具として扱う、これを3日後にある音叉と水晶ヒーリングのセミナーで重要事項としてキチンと言う、私も再度、徹底する
- 畏敬の念ということ(クライアントさんに対して、クライアントさんの魂や背後の方に対して、クライアントさんの中に流れる神経は神の道、経絡(けいらく)も神の道)
ランチは三輪そうめん流し
直会(なおらい=神事の後の食事会的な意味)を兼ねたランチは、たまたま入ったお店が素敵すぎました。味・雰囲気・接客すべてが行き届いていて大満足でした。
そうめん流し機でめっちゃ楽しくそうめんを食べている間に釜めしを準備してくださるのです。しいたけのお出しも美味しかったです。写真はとってませんが、リンク貼っときます。
大物主大神 ( おおものぬしのおおかみ )様とのご縁
実はですね。当院は2016年よりご縁あって大阪の谷町九丁目の生玉神社さんのご近所に移転してきて、現在は、生玉神社さんが、当院の氏神さまなわけですが、生玉神社の祭神は次の3柱で、
主祭神は
- 生島大神(いくしまのおおかみ)
- 足島大神(たるしまのおおかみ)
相殿神はなんと・・・
大物主大神(おおものぬしのおおかみ)
ということで、三輪山の主祭神と同一人物(神様なので人物と言ってはいけませんが)なのです。
生玉神社のご近所に越してくる以前から、三輪山とは何かとご縁があった私には、偶然とは思えません。当院には三輪山のお札も、お祭りしています。
これまでの三輪山を振り返って過去記事まとめ、ちょいプラス
(三輪山登拝記について、過去記事がいくつかあったのを余分な文章を削り、整理してまとめました。過去記事は削除しましたが、ここのページを読んで以前読んだ内容や~と思う所がある人はごめんなさい、適当にとばしてください)
2011年3月。始めて三輪山へ。
以下は登山口に至るまでの写真です( 登山中は撮影禁止なので )
震災復興祈願の祝詞(のりと)をあげる目的で、神主の資格をお持ちのYさんにお誘い頂いて合計5人で行きました。祝詞は山のちょうど中間地点である、中津磐座(なかついわくら) にて。
三輪山というのは山自体がご神体であり、相性やタイミングにより、山の方が拒否する時があるそうです。急な予定、急な体調不良、急な悪天候等で、偶然にしてはありえないような出来事がよく起きてストップかかる事があるのだそうです。
私は相性がいいのか、私が行くときはいつもなんですが、当日の天気や出来事もスイスイと、おいでおいで状態で、空気もいらっしゃいムードです。神社ってもっとピリピリする時もあるし、Yさんいわく三輪山もそういう時があるそうですが、この時は柔らかい空気でした。
とても細かくて繊細で、神聖きわまりない、なのに力強いエネルギーです。
この後・・・一緒に登ったメンバーと直会(なおらい=神事のあとの食事会のようなもの)で、、、ドカーンと私の怒りが爆発。
で、その怒りを持ったまま、二か月ほど過ごしていて、これは落とし前をつけにもう一回、三輪山に行かなあかんのじゃないかと思い、今度は一人で登拝。
2011年5月。二回目。洗濯される。
登ってる間、どんどん怒りが湧いてきて、止まらない。不謹慎だ、いけないと思いつつも止まらない。敏感な人が見たら、私が黒いものをモクモクと出しながら歩いていたのが見えたかもしれません。
で、降りきる最後の時に、スーッとどうでもよくなりました。
えっ?ひょっとして三輪山の神様が置いて帰りや~ってして下さってしたのか?洗濯されてた!?
そしてその後、その3月の直会(なおらい)での出来事は、自分にとってメンバーとの関係性を変えるために必要なことであったとか、いろいろな学びを受けたことに気づいて、感謝する流れとなったのであった。。。。
三輪山の神さま、ありがとうございます。
2011年7月。体力なしの妹も洗濯された。
ご縁あって大勢で登ることに。妹を始めて連れて行きました。 妹は、よほどきつかったみたいで、登り途中、怒ったような顔をして「何でまだなん!?」
下り途中「ほらここキレイなあ~」とか話しかけても「そんな余裕無い、終わる事しか考えて無い」とか言ってましたが、
降りてきたら「なんかいろいろ体から抜けたみたい良かった~」と言い
↑
あんなにしんどそうだったのに・・・ルンルンでした。
翌日には「あとからしみじみ行って良かったがこみ上げてくる~」と言っていました(笑)
2012年2月。三輪山のヒーリングは強烈なときがあります。
いろいろあって心身に疲れがたまって来て…そんな時にもちろん他のヒーラーやメッセンジャーにお願いする時もありますが、この時は、何故か三輪のお山にヒーリングして貰わなくては、と思ったのでした。
施術中に仕事としてやっているサイキックメッセージを受け取るとかではなく、内面の奥深くで感じるものを受け取ろうと思いました。
三輪のお山は『モヤモヤは全部置いて帰りや~』『引き受けてあげるで~』って感じでした。凄い。
三輪のお山は、怒ったらアカンとか悲しんだらアカンとか執着したらアカンとか言いません。『そう思うのも無理無いわ~、しんどいやろう、引き受けてあげるから置いて行きや~』そんな感じでした。
山を降りてきてから…私の幸せを本当に願って下さっているのだな~と思いました。
なんでやろう?あ~私の事がものすごく好きなのだな、と思ったら涙が出ました。深い愛を感じました。
私はクライアントさんのモヤモヤは引き受けません。おそれおおい、おこがましい。
人間の浅はかな思考を超えた大いなる存在から…私もクライアントさんもみんな『引き受けて貰っている』それを大前提として、その事に深く気づいていこう。
そして伝えて行こう。
クライアントさんに対しては大いなる存在に引き受けてもらう中継点になろう。改めて…しみじみそう思いました。
中継点という事すら…本当は違うのかもしれないな…。
【おまけ】
で、それだけで終わらない所が三輪のお山のヒーリングでした。そんなに甘くなかった。直後にしんどくなる出来事が起きました。
それをなんとか乗り越えさせて頂いておかげで、それまで動かしたくて動かせずに困っていた事をやっと前に進める事ができて、その後はホッとする流れとなりましたが、山下りてから4日間は登る以前よりしんどかった。おかげで貴重な体験をしたのでした。
その後
その後は、何度か登ったりご祈祷受けたりしていましたが、いちいち記録していませんでした。
かろうじて残っていた写真↓
当時、当院の時々スタッフだった鶴身知子さん(現:鶴身印刷所という複合施設の家主さん)と一緒に行ったら、なんとお祭りの日でした。あいかわらずタイミングいい奴です(二人とも強運の持ち主)
外部講師をお呼びしてイベントをやるたんびに、その成功祈願に行ってました。
最近、外部講師をお呼びするイベントをしばらくやっていないのもあり三輪山にはごぶさただったのですが・・・・
なんと、当院に来られたクライアント様で霊能者でもヒーラーでもなんでもない普通の方が「淳香先生、三輪山の神様が待っておられますよ」って仰られたので・・・嬉しくて涙が出ました。
そして、せっかくなのでAさんをお誘いして・・・で、この記事の最初につながる・・・というわけです。